Heavenly Psycho

すばるくんの脱退・退所を知ったとき、私の脳裏に浮かんだのは、疎遠になってしまったすばる担の友達のことでした。


最後に会ったのは高二の冬、彼女が誘ってくれたエイトのコンサートの日。
開演前「今日はオカン気分で見に来たわ~」と言っていた彼女は、終演後「あ゛ー!たぎるー!」と言ってすばるくんのポスターを買いました。興奮冷めやらぬ彼女の横で、私はその日一番ときめいたメンバーである大倉くんのポスターを買うか悩んでいました。結局その時には買わなかったけれど、やっぱり欲しくなって、翌々日大倉くんのポスターを買うためだけにドームに行きました。

コンサートは“絶対大きくなってやる!”というエイトの気合いがひしひしと伝わってくるもので、私はとても感動し、ほぼノーマークだった彼らにハマりました。でも一年後には受験が控えていたので、暫く遊ぶのは我慢してお互い頑張ろう、と言って別れました。

一年後、私は受験に失敗。誰にも連絡をする気になれず、彼女にも連絡をしませんでした。気を遣ったのか私と同じだったのか、彼女の方から連絡がくることもありませんでした。

それから一年、私は浪人生活を送り、その間にエイトからも長年浸かっていたジャニーズ沼からも離れ(振り返ってみればこの時期はジャニーズに飽きたのだと思います)、まさかの韓流沼に移りました。

二度目の受験が無事終わり、アドレス変更も兼ねて久しぶりに彼女にメールをすると、知らぬ間にアドレスを変えていたのか送ったものがそのまま返ってきました。以来連絡を取っていないため、彼女が今もすばる担なのかは分かりません。


私の年齢を鑑みると、小学四年生のときに親しくなった彼女とは決して短くない付き合いだったと思います。
その短くはない付き合いの中で、彼女は何度か私とは十年後も友達でいる自信があると言ってくれました。彼女に同じ言葉を贈ったことはないけれど、そうなったらいいなと思っていました。私にとって彼女は一緒にいると楽しい時間を過ごせる人でした。

彼女とは小中高を通じ、色んな思い出があるのですが、今の私が思い出すことと言えば、エイト含め殆どジャニーズに関することです。
実際何度かジャニーズのコンサートに行ったし、カラオケでジャニーズの曲を歌いまくったことは数知れず。それでもその他のことをあまり思い出さないのは、少し淋しいような気もします。


彼女の横で買うのを迷い、後日改めて買いに行ったあの大倉くんのポスターを、私は割とすぐに手放してしまいましたが、彼女はあの時買ったすばるくんのポスターをどうしただろうか、と思いながら。

無題

全ての記事を削除し、長い間記事を書こうとしなかったのは、書くことが怖かったからです。書くこと、その前の、言葉にすることが長い間とても難しい状態にありました。今もまだ、言葉にするのが辛い、そういう状態にあります。


私は今まで、自分は言葉にするのが得意な方だと思っていました。何かを説明するのが上手だと言われることが多かったし、何でもいいから話せと言われても特に困ることはなく、それなりに面白い話をすることができていたと思います。でも、本質的には私は何も言えていなかったのではないか、という気がしてなりません。


私は何においても、今自分はどこにいて、そこはどういうところで、ということを抜きにして話そうとしていました。そうやって大きく大きく膨らんだありもしない自分が、ふとしたことで突然萎み、正しい大きさに戻ったとき、私には何も残っていませんでした。



アイドルをあんまり追わなくなったのも、アイドルをアイドルたらしめているのが私の見つめ方にあるにせよ、アイドルは決して私自身ではない、というごく当たり前のことに気付いたことが大きいのかも知れません。私はもともと熱心なファンではなかったけれど、ドルオタであるということがIdentityのかなりの部分を占めていました(すこぶるたちが悪い)。


昨年は韓ドル界で一番初めに好きになった人が所属グループから脱退したり、特別贔屓にしていたわけではないけれど素敵だなあと思っていた人がとても悲しい形で去ってしまったり、結果として私にドルオタへの扉を開かせたジャニーズの元祖推しがちょっと残念なやり方で結婚したり、一昨年のカイスタル事変に引き続き考えさせられることが立て続けに起こったこともあって、少し距離を置こうと考えています。


楽しくアイドルを見ていたいです。私は音楽のことも服装のことも本人たちのことも置かれている環境のことも知らずにあれこれ批判してきたけれど、これからはそうじゃなくて、ああなんかいいな、あーこれ好きだな、って肩の力を抜いて楽しみたいのです。そして。少しずつ、少しずつ、私自身が前よりも軽やかになれたら、と思っています。