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気の向くままに、心の記録

自称:ドルオタ(仮)。語りたがり。V6と一部韓ドルをゆる~く愛でてます。

それでも私はあなたたちについていきたい~何故、私はVIXXのFantasyにハマらなかったのか~

韓流アイドル

色んなところで散々言われているし、私自身も何度か言ってきたけれど、ある人物・ある作品と、そのファンは、互いに相手の鏡になっている、と思います。



何かを愛するということは、その何かを自分の一部として受け入れることであり、自分の一部をその何かに注ぎ込むことである、と個人的に考えていることもその要因の一つだし、何よりも自分が見聞きしてきたことを踏まえ、感覚として、あながち間違っていない、と思えるのです。





とは言え「私」とその「何か」はあくまでも別個の存在です。「私」の愛する「何か」に、不本意な評価が与えられたとき、それを「私」への攻撃と捉えて傷つくのは、愛する「何か」から主体性を奪うのと同じことなのかも知れません。また評価が好意的だったとして、与えられたその評価を「私」に対する称賛だと捉えて喜ぶことも、愛する「何か」から主体性を奪うことと同じなのかも知れません。



しかしビジネスとして展開する以上、その「何か」は、「こうありたい」という自分の(あるいは作り手の)気持ちの前に、「こうあってほしい」というファンの気持ちに応えなければならない存在だと思うんです。





私の愛するアイドルというものは、その最たる例です。ファンの気持ちを蔑ろにするような振る舞いがあれば、簡単にそっぽを向かれてしまって、それまでの地位などあっけなく崩れ去ってしまいます。



そして、アイドルは、とても冷酷な言い方だけど、消費期間が短いとされているからこそ、他のものたちよりもずっと、「こうあってほしい」に応えて、「こうありたい」をちゃんと形にしていかなければ、生き残ることはできないのではないか、と思うのです。





ジャニーズでは嵐、K-POP界ではBIGBANGが、後輩たちから憧れの先輩としてよく名前を上げられていますが、彼らのように売れ続けるグループというのは、ファンや世間の求めるものに応えつつ、そこに必ず自分たちの思いを乗せています。ファンに届けることはともかく、自分たちの思いを世間に届けることは、そこそこ売れている位のグループには不可能です。



しかしK-POP界において、売上という点で頭一つ抜けた結果を出しているEXOは、ルハンの脱退以降、とりあえずこの人気を維持できたらそれでいいや、というスタンスです。



私は、タオちゃん脱退以降はまともに活動を追ってないので、あくまでもフワッとした印象にすぎないのだけれど、今のEXOは「こうあってほしい」には全然応えていないし、「こうありたい」という思いも全く感じられないため、遅かれ早かれポシャると思います(実際は事務所の大きさで何とか食い繋ぐことはできるだろうが、アイドルとしてのEXOは完全に終わったと思う。全体としては最早雛壇に座っている二世タレントみたいなもんだ)。





つまり何が言いたいのかというと、青臭いけど、ただ売れるだけでは駄目で、やっぱり志がなければ売れ続けることはできないし、ましてファンはつかないよね、ということなんです。思いの伝わってこない奴を応援する人なんてそうそういません。

繰り返しますが、私は何でも狭く浅くな人間です。これだけ偉そうに語ってはいるけれど、アイドルのことなんて、全然知らないようなものです。所詮外野にすぎません。それでも半年ほど前から自分が一番贔屓にしている、VIXXというグループには、非常に高い志と覚悟があるように思います。





以前、VIXXというのは職人気質な人を集めた地味なグループだ、と書きました。ですがここで訂正させてください。彼らはそんな生ぬるい言葉では片付けられなグループでした。本当は「とんでもなくクソ真面目なグループ」だったのです。



彼らに匹敵するほどの真面目さがあるグループルって、ちょっと思い浮かばないのですが、強いて挙げるとすればSHINeeくらいかなぁ...。





他のグループのファンからも高い評価と惜しみ無い称賛を贈られているSHINeeのことを、私もすごいグループだと思っています。年々向上している歌やダンスのスキルの高さもそうだし、デビューから経った年月を考えると、中堅、それもベテラン寄りとも言えるような立ち位置にありながら、未だにフレッシュさを失っていない。そんなグループ滅多にないよ?!これぞオンリーワン、みたいになってるけど、ナンバーワンになれる力があるからこそ、非常に歯痒い。もっと正当に評価されるべきです。



そんな、今最も輝いているグループの一つと言っても過言ではないSHINeeさんは、まず間違いなく根性のある人たちですが、彼らの真面目さには、東方神起先輩の大波と、後輩EXOの思いもよらない大氾濫が、少なからぬ影響を与えたことと思います。



思い描いていたのとは全然違う、クソみたいな環境で、ブチギレそうになりながらも、がむしゃらに、半ばヤケクソのような状態で、各々が猛然と目の前にある仕事をこなしていたら、グループとしても知らぬ間にびっくりするほど成長していて、独自のポジションを築けるところまできた、そんな感じがします。



一方でVIXXには、(こう言っちゃなんだが)SHINee先輩のようなわかりやすいドラマはない、と思います。同期のEXOが爆発的に売れ、その後稀に見る泥沼劇を上演する横で、着実に、一歩一歩歩んできた、そんな印象を受けます。ただその一歩一歩がとても重い、意味のあるものだったんだろうな、と。「こうありたい」というのが製作者たちの間でしっかりと共有されているのがわかるような感じ。



※後から知った身なので臆測の域を出ないけど、もしあるとすれば、2013年?の、えねねんのアイドルやりたくない事件(カムバの際、話題作りのために先行公開曲のタイトル「アイドルやりたくない」を呟いたところ、意図を越えて炎上した)で、VIXX本人たちだけではなく、事務所の人間も、随分学ぶところがあったんだろうなと思います。





VIXXはとんでもなくクソ真面目だ、と申し上げましたが、これは周りから求められるレベルよりも、自分たちが課すレベルの方がはるかに上であり、自分たちが設定したその水準に向かってひたすら努力する、ということです。求められるレベルに応えようとするだけの真面目さとは訳が違います。



このクソ真面目なところは、すごく熱心で素敵と捉えることもできるけど、すごく怖くもある訳で(“とんでもなくクソ”がついてるってそういうこと)。努力を努力とも思わず、誰にも理解できないようなことを平気な顔してさらっとやってのけそうとか、誰にもついていけないような領域に、悠然と入っていってしまうのではないかとか。ふとした瞬間に、この人たちは一体どこまでいってしまうのだろう?と何とも言えない気持ちになるのです。



神曲『傷つく準備ができてる』以降、「こうありたい」・「こうなりたい」という気持ちをしっかり乗せて、毎回ちゃんと形にしてきているあたりでもう普通じゃない感じがするし、同時に「こうあってほしい」というファンの気持ちにも必ず応えてくれています(びょるぴは本当に愛されている)。自分たちの思いと、他人からの思い。その2つをVIXXほど最大限に使って前進しているグループってないと思います。



変わったなあと思うアイドルという記事の中で、かつて応援していたTEENTOPが頭一つ抜けた存在になりきれなかったのは、VIXXに比べれば覚悟がなかったから、と書いたけれど、VIXXの意識の高さは異常なレベルなので、VIXXと比べるのは間違いだったと思います(苦笑)。頑張ってない、みたいな言い方してごめんね、ティンタプ。VIXXが、かなり特殊な人たちだってことに、あの時の私はまだ気付いていなかったんだよ(ただやっぱりティンタプちゃんたちは、ここぞというという場面でファンの「こうあってほしい」に充分に応えられなかったから、トップを取りに行くのは正直もう無理だと思う)。





xyzxxx.hatenablog.com



一ヶ月ほど前に↑の記事を書き、正直なところ書いたことに自信が持てず、もっとわからなくなって、ここ1ヶ月の間、ずっととどうしてだろうって考えていたんですが、最近ようやっと辿り着いた答えがあります。楽曲が壮大すぎて昔のEXOが思い浮かんでしまうとか、この前発見した、ヴィジュアルが~とか、「掘らない・掘れない」人間だから~、というのもそうなんだけど、もっともっと根本的な理由があって、それはVIXXというグループの、信じられないほどの高い志に圧倒されたから、ということだと思うんです。



『Fantasy』のMVを見たときに、頭を一発思いっきり殴られたような感覚があって、ショックで立ち直れなくて未だに見れる気がしないのですが、一言で言えば、あれは“恐怖”だったんだなと今にして思います。画面を通じて伝わってくる、あまりにも高い彼らの志に、ひ弱な私は打ちのめされた。そしてその“恐怖”というのは、10年以上アイドルというものを追いかけてきて、初めて感じたものでした。



『Dynamite』ではポップな色調と軽快な曲調に隠されていた彼らの恐るべき本性(それ以前の活動を見ても全く気が付かなかった私の目は本当に節穴だと思う)が、今回の活動で剥き出しになったのです。



各種音楽番組でのパフォーマンス。重厚なコンセプトと言い、壮大な楽曲と言い、ミュージカルさながらの、それでいてより洗練された独特の振り付けと言い、今までの流れからすると不思議なほど抑えたような衣装やメイクと言い(抑えたからこそ逆に伝わってくるあの不気味さ)、震えました。



この人たちは...本気だ、今の地位には全然満足していない!!!!!!



恐ろしいほどの向上心を感じました。端からはそれなりの地位を築いているように見えても、彼ら自身はもっともっと上を目指している、それもただ背伸びして届けばいいなあと思っているというのではなくて、一段一段固めて、踏みしめて、自分たちの望む場所へ行こうとしている。



それなのに、ギラギラ、ガツガツしたところは微塵もなく、すごく謙虚でお上品。彼らを見ると、育ちがいいってこういうことを言うんだなあと、しみじみ思います。 緑茶とお煎餅が似合うような、それこそお爺ちゃんみたいな(笑)、のほほんとした空気すら漂っています。



たくさんの素敵エピソードからもそうですが、日本での『花風』の一連のプロモーションをリアルタイムで見ていて、老成しているというか、とにかく人として賢い、本当にできた人たちだなぁという感想をVIXXに対して持ちました。



だからこそ、すごく怖かったんです。



「こうあってほしい」という気持ちを決して軽んずることなく大切に大事にしている人たちが、「こうなりたい」という強い思いを持って全力で活動するというのがどういうことなのかを、私は今回初めて目の当たりにしました。個人としてはともかく、グループとしてあんなに賢く正しいアイドルを、私はかつて一度も見たことがなかった。





そんな「とんでもなくクソ真面目」なVIXXを見ていたら、私は自分をとても恥ずかしく思うようになりました。だから私は、『Fantasy』を受け入れられなかったんです。私にはとてもこんなものは受け止めきれない、と。アイドルを見ていてこんなに自分を情けなく感じたことはありません。VIXX本人たちとは全く関係のないところで、私が勝手にそう感じただけなんですが、それくらい衝撃的だったんです。





VIXXは本当に心優しいグループです。ファンに対してとても誠実で、すごくファンのことを大切にしています。コンセプトドルと言われて奇抜な格好のイメージが強いかも知れないけれど、気取ったところはなくて、素朴なお兄さんたちです。彼らはファンを選びません(正しくは「選べない」か)。



私は、本国のびょるぴのように、献身的に応援しているわけではありません。ハイタッチ会に行くために、何枚も積むこともありません。音源はまずもって購入しないし、曲がどれだけ好きでも音盤はアートワークが気に入らない限り買いません(やっぱり見た目至上主義)。だから彼らの売上、商業的な成功に、私はほとんど貢献していないのです。



ファンを、時間とお金を懸けてくれる人、と定義するならば、私のような、美味しいとこだけ好きなようにかじる調子のいい人間は、おそらくファンとも呼べない存在でしょう。図々しいことこの上ないと、自分でもわかっているつもりです。それでも尚、私はVIXXのファンでいたい、と思います。彼らに大事にされるだけの人間になりたい、と。



いや何言ってんだよお前、そんなたいそうなことを言う暇があるのなら少しでも金落とせよ、冒頭でビジネスとして~とか言ってた奴誰だよ、って突っ込まれても仕方がないんだけど(苦笑)、割と真剣に考えているんです。もっと軽やかに語れるようになったらいいのだけれど、このやたら重くてキモいのが現実、今の私。







VIXXが、素晴らしすぎて辛い。







とりあえず、弛んだ思考と肉体をなんとかしなければ。堕落しきった生活を断ち切らなければ。まずはそこから。





とにかく。





VIXXさん、大好きです。