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気の向くままに、心の記録

自称:ドルオタ(仮)。語りたがり。V6と一部韓ドルをゆる~く愛でてます。

MVの呪縛を解く~2016年VIXX3部作を見て思ったこと~

つい先日、我らがVIXXの、2016年VIXX流ギリシャ神話概念3部作の完結編にあたる『Kratos』が発表されました。


きっとみんな首をながーくして待ってたよね?
わーい、ぱちぱち。やっと3つのMVが出揃ったー。



さて、この3作品に対する私の反応はというと...


第1部の『Dynamite』では、それまでになかった含みを持たせた見せ方に違和感を持ち、
第2部の『Fantasy』では、その本気さと壮大さを受け止めきられずに落ち込み、
第3部の『The Closer』では、もう知らねえ!と思いました。


はっきり言いましょう。


私はこの3つのMVが嫌いです。


...あ、嫌いは言い過ぎかな。


まあとにかく好きではないです。


いずれのMVも通しで見たのは一度きり、多分これからも熱心に見ることはないでしょう。


でもね、別にそれでええやんか、って思うんです。


無理に好きにならんくてもええやん、って。





ぶっちゃけると、公開直後に『The Closer』のMVを見て、ああまたこのパターンかい!ってめっちゃ腹立てました(笑)。


それで「MVにおける謎解き遊びの強要は止めてくれ」って題で、何故自分はこの一連のMVが嫌いなのか理由を書いて、記事としてあげようとしてたんです。


こんな感じで。




私は見た目至上主義者なので、MV鑑賞においては、ヴィジュアル以外はさほど気にしません。


ヴィジュアル面以外を見る気も掘る気もないし、掘るために必要な知識や技術や根性もありません。K-POPを語る上では欠かせないコンセプトにもほとんど興味がありません。それでも十分楽しめました。


ところがVIXXの前に追っていたEXOの『CALL ME BABY』のティーザーや『LOVE ME RIGHT』のMVで、抜けたメンバーを思わせるようなカットを目にし、非常に不愉快な思いをしてからは、何か含みを持たせたような、何かを仄めかすようなカットに過剰に反応するようになり、それまでのように純粋に楽しむということが難しくなりました。

所謂トラウマってやつです。


コンセプトドル(=コンセプトを消化し具現化するのが上手いアイドル)たるVIXXは、一目見ただけで何であるのかがわかるというのがウリなわけで、それ故に彼らのMVは意味深カットが非常に少なかったと思うんです。


これは私がVIXXにハマった大きな理由の1つで、VIXXのMVは安心して見ていられる、本当にありがたいものだと思っていたのに、今年発表された3つの作品はいずれも意味深カットが満載で、言葉は悪いけど、裏切られたって思いました。



そもそもVIXXの中には、好みの顔の人がいないんです。


顔はそんなにタイプじゃないけどハマったアイドルというのは過去何人もいるけれど、私のドルオタ人生の扉を開いたのは岡田くん(毎度お馴染みV6岡田准一氏)の美しい顔だったので、どうしても顔にこだわってしまうところがあります。


無論、キレイ、カッコイイ、と思うのと、好みであるか、というのはまた別なので、いくら世の中にアイドルが星の数ほど存在するとは言え、好みの顔の持ち主に出会うことはなかなかありません。


K-POPの中で好みの顔と言えば、もう中国に帰っちゃったけど、EXOのクリス兄ちゃんとタオちゃんぐらいです。


彼らくらいドストライクな顔の人だと、どれだけ変な髪型にされようが、奇抜なメイクをされようが、理解不能な服を着せられようが構わないんですよね。


似合う似合わないはあるかも知れないけれど、美しい顔面の前ではすべてがどうでもよくなっちゃう。


私が意味深カットを乗り越えるには、それくらい好みの顔の人がいないと駄目なのです。



それから、VIXXが今年1年のテーマとしてギリシャ神話を取り上げていると知った時、曲がりなりにも文学部に籍を置く身として、非常に危険なことだと思いました。


私は、K-POPにおけるコンセプトはあくまでアイドルの魅力を引き出すための道具だと考えています。


だからヴァンパイアやサイボーグぐらいならともかく、ギリシャ神話という、それ自体が宇宙のような広がりを持った思想・哲学となっているものをコンセプトにする、というのは如何なのものかと。


浅学なのでMVを見ても何がなんだかさっぱりわからないし、VIXX本人たちを含め、制作者側にどの程度の理解があるのかなんて見当もつかないけれど、やはり引っかかるところです。




こんなふうにだらだらと書いていて、でも気付いたんです。


確かにこの3つのMVは好きじゃないけど、私はVIXXのことが嫌いなわけじゃないよな、ということに。


『Dynamite』では軽快な曲に合わせてどこか楽し気に歌い踊るVIXXが見れてそれはそれでよかったし、

これはあかんやつやついていかれへんと思ってた『Fantasy』だって今になってめっちゃええ曲やと思えてきたし、

こんなん地味すぎるやろと思った『The Closer』にしても昨日あたりから脳内をジャックしてるし。


MVは好きじゃないけど(←しつこい)、音楽番組のパフォーマンスを見ていると、やっぱりカッコイイよなって思うんです。もっと彼らの魅力を伝えたいのにその言葉しか出てこないという状態になる。


MVで彼らが謎解き遊びを提供していることは確かだけれど、謎解きを強要されているというのは間違いで、それは自分が勝手にMVにこだわりすぎていただけなんだと思うんです。



もとはジャニーズ沼にいた私が韓流沼に移ってきた理由は色々あるけれど、MVのFull視聴ができる、というのは大きな理由の1つでした。


ジャニーズではMVをFullで見るとなると、CDの初回限定版を買うとか、MV集が出るのを待たないと叶いません。それがK-POPだと自由に見ることができるのです。こんなにありがたく嬉しいことはありません。


だから私は手当たり次第にMVを見ていました。好きなアイドルができても、音楽番組でのパフォーマンスは殆ど見ずに、MVばかり見ていました。


K-POPアイドルは被せの場合もあるけれど、音楽番組では基本的にちゃんと歌います。踊りながら歌うのでやっぱり声が震えたり、音を外したりもするし、踊りにしても手抜きなのかガス欠なのかというメンバーがちらほらいたり。


あとMVは1つの世界でもあるので全体の雰囲気でいいなと思っていても、歌番組の模様を見ると、あれこの人らブサイクやん、ってなることが多く、ガッカリしたくないから、MV中心だったんです。



VIXXのMVがどうしても受け入れられなくて、仕方がないから音楽番組でのパフォーマンスを見てみたら、これがいい。


完璧ではないかも知れないけれど、彼らが全力を尽くしているのがよくわかって、なんかもう泣きそうになってくるし。彼らはやる気と迫力が半端ない。


MVも大事だけれど、それにこだわってばかりで、肝心なところを見落としていたんだなあとしみじみ思いました。彼らが最も見て欲しいのは、舞台の上での姿ですもんね。



MVが嫌なら見なきゃいいんです。


そのMVを彼らが半端な気持ちで作ったのではないとわかっているから、器が小さくて好きになれないのがちょっと残念だけど、でも無理をすることはないと思うんです。


MVは好きじゃないけど、私は彼らが好きなんだから。そういう軽さがあったっていいじゃないか。


誰だって、苦しくなるためや、修行するために、アイドルを追っかけているんじゃないんでしょう?





さて、これから我らがVIXXは、一体どこへ向かうのでしょうか。


多分VIXXがこれから爆発的に売れる、ということはないでしょう。ブレイクした曲が曲だっただけに、VIXXが天下を取るには、大衆性を獲得するというのが絶対条件です。


それは多分本人たちが1番わかっていて、『呪いの人形』で1位を取ってからは、オタクにも一般にも受けるようにとあれこれ試行錯誤していたけれど、ここにきてそれは諦めたのかもしれないと思いました。


諦めたというか、少なくとも今年出した3部作は全体を通じてみると、大衆的ではなかったと思います。


『Fantasy』なんかはファンの中でも難解だという声がよくあがっていました。音楽番組での応援もかなり苦労していた印象があります。



『傷つく準備ができている』から始まった2013年の快進撃のときは、コンセプトが、

ヴァンパイア➡二重人格①②➡呪いの人形

で、見た目にインパクトがあって非常にわかりやすかったので、色んな意味で人目を引きました。


しかし、さっきもちらっと書きましたが、今年のコンセプトのギリシャ神話はそれ自体が宇宙みたいなものなので、これを今までのようにかみ砕いて消化して具現化するというのは、難しいです。


難しいというか、まあ無理だと思います。受け取る側も混乱します。MV1つとったって、もともと私のように掘れない人はともかく、掘れる人・掘ってみた人でもわからんことだらけでした。


おそらくそうなるであろうことはわかった上で、ギリシャ神話を選んだのだと思います。そういう壮大で難解なものを選んだということが、もうすでに制作側の強い意思の象徴です。


今までと似ているようで全く違って、ファンのみんなにも驚かれるだろうけど(だって驚かすためにギリシャ神話を選んだのだ)、それでも「よくわからないけど、なんかすごい」と思われることが今年のテーマだったんじゃないかなあ。


他のグループのファンからも一目置かれる存在になって、K-POPファンの中での評価を高める、K-POPの中での地位を上げる、ということをかなり考えていたのではないかと思います。


直接のファンは言うまでもなく大切ですが、他のグループのファンの中に、自分たちのグループの色やあり方を評価してくれる間接的なファンがどれだけいるかにグループの真価があると言えるでしょう。


VIXXはもともと他グループのファンからの評判がよいグループでしたが、今年の活動を見て、かなりこの間接的なファンが増えただろうと思います。




今書きながらふと思ったのですが、

急がば回れ

なんやろうなぁと。


VIXXは大衆性をなかなか獲得できないから、天下取りを諦めて独自路線を追及することにしたのかと思っていたけれど、きっとそうではなくて。


私はこの半年の間で、彼らがいかに執念深く、牛のように一歩一歩、でも着実に堂々と進んでいく人たちであるかということを、まざまざと見せつけられました。


そう、彼らは決して諦めないし、そんな生ぬるいやつらじゃない。彼らは他のグループに比べて随分先を見据えているように見えます。


賢い彼らのことだから、アイドルにとって最も大事なことは、天下を取ることではなくて、どれだけ長く活動できるか、どれだけ長く輝き続けることができるか、ということだとわかっているのでしょう。


だから個性を捨てるなどの無理や無茶をして天下を取りにいくのではなく、個性を捨てずに少しずつ幅を広げながら着実に評価を高めることで揺るぎない地位を得ること、そしてその結果として天下を取る、ということを本気で考えているのではないかと思うのです。





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\素敵すぎるぜこのヤロー!!!!!!/