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気の向くままに、心の記録

自称:ドルオタ(仮)。語りたがり。V6と一部韓ドルをゆる~く愛でてます。

美人になりたい女の話

その他

彼女は華の女子大生だが、流行りの服に身を包むことや化粧をすることやお洒落な髪型にすることにあまり興味がない。



身軽さを捨ててまで着飾りたいとは思わないので、いつもパーカーにジーパンにスニーカー。本当はもっと楽なスウェット上下とかジャージ上下で登校したいけれど、運動部でもないのにそれはどうかと思う、と周りに止められたので我慢している。


化粧をしたり、髪の毛をセットするのに時間を割くくらいなら、睡眠を取ったり、ごはんを食べるのをゆっくりと楽しみたい。あんまり肌荒れとかしないけど、化粧は肌に負担がかかるだけで上手くできないし、落とすのも面倒だ、髪の毛は櫛で梳いて邪魔にならないようにまとめておけばそれで十分。



彼女がそのように説明したら、彼女の友人はこう返した。それはあなたが美人だからだ、と。



友人の言葉には毒も棘もなかった。それはとてもさらりとしたもので、いつもの調子であった。もともとこの友人は彼女とは正反対で、言葉をあまり使わない。それは短くはない付き合いの中ではっきりと分かっていることだ。しかし、返ってきた言葉が言葉だっただけに、彼女はしばし考え込んでしまった。



彼女は自分のことを特に美しいとは思わない。そしてまた醜いとも思わない。敢えて言うなら、自分の容姿はこんなものだ、と思うだけだ。もしかしたら、それこそが自惚れだと言われるのかも知れない。でも彼女は、自分の容姿は少なくとも自分にとって美人と呼べるようなものではない、と思っていた。



そもそも何を美とするのかは、個人の感覚の問題だ。勿論多くの人が美しいと感じるものというのは存在するが、それが正解というのではない。



例えば彼女は、女優の范冰冰(ファン・ビンビン)のことを范冰冰様と呼び、その美しさを崇め奉っているが、彼女の母は、范冰冰のことを特に美人だとは思っていないし、なんだか品のない顔だねえ、などと宣う。


逆に母が美人だと言う、すみれのことを、彼女は美人だとは思わない。ものすごく性格の良い素敵な女性だとは思うけど、でもやっぱりどう見たってすみれは彼女にとって美人ではないのだ。



つまり、彼女が自分では美人ではないと思っていても、友人は彼女のことを美人だと思っている、ということはあり得なくはない。



あるいは友人は、別に彼女のことを美人だとは思っておらず、ただ身なりに無頓着すぎる彼女のことを、ちょっと回りくどい言い方で窘めようとしたのかも知れない。


この友人は、重要な途中式を飛ばして、結論だけをポーンと相手に投げる節がある。とすると、これは何も不思議なことではない。


彼女はそんなことを考えたが、結局友人の真意を掴むことができなかった。



しばらくして、特に返事を待っているわけでもなさそうな友人に、彼女は言った。なんとも言えない曖昧な笑みを浮かべながら、そんなことはない、と。



彼女は内心、美人だ、と言われて舞い上がっていた。事実おめでたい彼女は、その日家に帰ってすぐさまその出来事を母に報告した。友人からあなたは美人だと言われた、と。


幸か不幸か、母は娘ほど露骨に美醜に拘る人ではなかった。思ったような反応を得ることができなかった彼女は母に向かって大いに不満を示したが、それでも相手にされなかったから、最後には不貞腐れて自室に籠った。


彼女は何か特筆すべき出来事や教訓があった時にだけ筆を取り、日記帳と称したノートに向かう。


“今日私は美人と言われた。すごく嬉しくて母に報告したが、ビックリするくらいに反応が薄かった。ちょっとショックだけどまあ気にしない。だって私は美人なんだから。”


その日は久々にノートを開いた日だったので、上の文章を書いたところで、ページをパラパラと捲って遡り、いつのまにか一番最初のページにまでたどり着いた。そしてそこに並んでいた文字を見て、彼女は、あ、と短く言った。


初めのページには次の文章が書かれてあった。


“美人とは、まず第一に他人からの称賛にとびきりの笑顔で応えるものである。そして自分のことを美人であると思っていたり、自分が美人であるとわかっていても、決して人前では自分のことを美人とは言わない強かな者である。ただし美人の中でもさらに美しい者たちだけは、自分を美人だと言っても許される。ちょっと美人だと言われただけで、気が狂ったように浮かれたり騒いでしているのは、美人でもなんでもない、本当に取るに足らない者たちばかりである。”



斯くして彼女は、過去の逞しい限りの自分自身によって打ちのめされた。



彼女が美人になれる日は果たして来るのだろうか?






彼女とは、何を隠そうこの私である。