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気の向くままに、心の記録

自称:ドルオタ(仮)。語りたがり。V6と一部韓ドルをゆる~く愛でてます。

化粧をしよう、もっと自由になるために

極度のめんどくさがりで大雑把な私は、普段殆ど化粧をしません。ふらっと近所に出かけるくらいならすっぴんのまま出ていくし、学校があった時だって日焼け止めを塗って一応眉毛を描いて色付きリップを塗るくらいでした。家を出ないとなると、ぬるま湯をばちゃっと顔にかけて終了。化粧水すらつけませんが、特に肌荒れしないのでまあいっか。



もともと私はゴテゴテ着飾るのが好きではありません。無駄がないのが一番と言うか、やっぱり実用的なのが自分には一番しっくりくると思うのです。必要最低限のものしか持たないものが一番強くて美しい。そういう生き方にすごく憧れているし、そういう風に年を重ねていきたいと思っています。でももっと前を遡ると、いや遡らなくても、私はその反対のものにも同じくらい憧れていて。独創的でめちゃくちゃカッコイイけどこんなん着ていく場所ないやろっていうようなデザインを見てるとやっぱり面白いし、高級メゾンの優雅なクチュールドレス見てるとやっぱりうわあ素敵やなあって思います。それは化粧にしたって同じことで、あれこれやりすぎないのが楽やしいいと思ってる反面、色々試してみたいという気持ちもあって。



化粧をあまりしない私は、化粧品が減るペースよりも買ったりもらったりするペースの方が早く、例えば一昨年から使っているケイトのアイシャドウが未だになくならない一方で、父親からお土産でもらったやたら豪華なナーズの限定パレット(思いっきりプロ仕様で使い方が分からず放置)、就活用に自分で買ったディオールの(瞼にコンシーラーを塗って色ムラを消すだけで満足していたので結局未使用のまま)があったりして、口紅でも同じような状況だし、ここは思い切って週に何日かはメイクをすると決めて、バンバン使っていった方がいいような気がしました。せっかく買ったりもらったのに使わないのは勿体ないし、何より試したいと思っているのだからやればいいのだ、そう思ったのが昨日の夜中でございます。



あ、でも化粧をするということは肌に負担が掛かるということだから、少なくとも今までよりはスキンケアに気を付ける必要が出てくるのだな。うん、まあそれもおいおいやろう。



飾らないことだけに目を向けてきた私は、素直に飾れる(ように見えた)羨ましさから、どこかで飾る人を見下していた節があって、それってすごくダサいことだったよなって思います。醜くて不自由で、私の理想と正反対。飾らないものにしか宿らない美しさがあるのと同じで、飾ることでしか引き出されない美しさがあって、私はその両方が好きなんだから、ならばそれを軽々と越えていくのみなのです。



...という訳で。化粧をします、もっと自由になるために。