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気の向くままに、心の記録

自称:ドルオタ(仮)。語りたがり。V6と一部韓ドルをゆる~く愛でてます。

アジアの初恋

韓流アイドル

カイスタル公式化から一年が経とうとしています。


昨年末にカイスタル事変を受けて考えたことや思ったことをドルオタ遍歴と絡めて書きました↓


xyzxxx.hatenablog.com


自分としてはこれを書いたことで膿を出しきった気でいましたが、改めて読むと記事としては尻切れトンボだったかなあと思います。


カイスタル事変を明確にするために、カイスタルに繋がりそうなもの全てをほじくり返していくうち、ほじくり返すことそのものの方が楽しくなっちゃって、スコップが当たったときには、カイスタル事変はもう重要な案件ではなくなっていたような気がします。



麗らかな春の日、カイスタル事変について思うのは、あれは確かに失恋だった、ということです。



二十年とちょっと生きてきて、それなりに恋愛をしてきたけれど、幸か不幸か、どうにもこうにもならない恋愛に足を突っ込んだ経験はありません。


何となくいいなあと思った人に何となくいいなぁと思われて、何となく付き合って何となく別れる。あるいは、素敵だなあと思った人がいて、その人に彼女なり奥さんなりがいると分かると、それでもいこうという気持ちにはならないので、すっと身を引いてきました。


恋愛で悩んだこともないし、失恋らしい失恋もしたことがなくて。


カイが初恋だったとは言いません。そもそもカイは実在はすれど偶像で、所詮一人相撲に過ぎません。恋も何もあったもんじゃない。それでもあんなにモヤモヤしたりイライラしたりどうしようもなく虚しくなったりしたことはなかったから、やっぱりあれは失恋だったのだ、と思います。私にとって、初めての失恋。



私はカイが好きでした。失恋の仕方の酷さも手伝ってそのことを恥ずかしく思ったこともあったけど、「ジョンイーン!!!」って馬鹿みたいに叫んでいたとき、とても幸せだったから、そういう思い出もちゃんと残しておくべきではないかと思いました。


だからこの記事の題には、あの頃とても好きだった言葉を選びました。今ではもう死語なのかも知れないけれど、どこにでもいそうでどこにもいない、手が届きそうで届かない、そんな雰囲気をよく捉えた秀逸すぎるキャッチフレーズ。


自分がこの先親しみや憧れを持ってこの言葉を使うことはないのだと思うと少し淋しいですが、仕方のないことです。人はそうやって大人になるのだ、と笑い飛ばしていくしかありません。


でもそのためには言わなければいけないことがあって。色々あって言い忘れていたけれど、今なら素直に言えそうです。



ジョンイン、今までありがとう。

そして、さようなら。



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